【自己の歴史  主として出生から会社入社5年位まで】 再掲載

haru7の歴史   再掲載

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【自己の歴史  主として出生から会社入社5年位まで】                            
           
 昭和21年6月24日、HT、Fの三男、5人兄弟の末っ子として、M市O町で出生した。
 父は、代々商売の家系の次男として生まれ、線香(焼香)の有限会社の社長であった。

2年前(2013,)親父と親戚で線香を作っていた工場のある敷地の住居が、大正時代にM市の中心部より移転して再建されたM警察署の建物で、日本で一番古い警察署であることが判明し、取り壊さずに部材を保管し、M市の国宝指定になった城と同様に大変な話題になりました。


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 第二次世界大戦で、満州、東南アジアへ出兵し、戦地で負傷、軍の病院に入院した時、マラリヤがうつり、治療の為に本国へ帰され、生きて帰って来た。
 父の仕事は、HSDという名の有限会社で、戦前は、戦争の為か(?)、商売繁盛で、一時期、個人所得がS県一となり、NHKラジオ放送のインタビューをされ、放送された。
 又、戦前の宝くじの一等、当時の3,000円(現在の3億円位い)が当たった。
 こういう金は、個人のものとするのは良くないと判断し、親戚中を呼んで大宴会を催し、お土産として配分し個人的には、
 何も残さなかった。(当時子、孫の為に土地を購入しておけば、役だったのにと残念に思っている。)→現在では、土地の勝ちが場所によっては価値が下がり売れにくい状況になっている。
 私が、小学3年生(9才)の時、会社の中で親父が一番信用していた役員(番頭役らしい)による個人的な使い込みにより、
 全国の売上回収金を全部持ち逃げされ、会社が左前になり、その後の善後策の対策会議中に、脳溢血で倒れ49才で他界した。
(S29/9/18命日) 
 
 母は、農家の長女として生まれ、18才で父の元に嫁いで来た。    
 農家の生まれで、旧制の義務教育で終わったため、商売の家に嫁いで、日用品の商売を手伝いながら子供を育て、苦労したそうである。        
 父が亡くなった時、長男が20才で、K銀行に就職したばかりで、学校に行っている子供、4人を立派に一人前にする為に、大変苦労した。
 幸い、厚生年金、軍事恩給や長男の力で、兄弟姉妹全員が、高校を卒業させてもらった。

 子供を無事一人前にし、12人の孫に囲まれ、一人きままな生活を送っていたが、心筋梗塞により78才で他界した。 (10/3命日) 
                                           
 私の人生は、一言でいうと、父の早死により、普通の人が味わうことがない、波乱に満ちたものであると言える。                 
 人間は、贅沢な生き物で、満たされている時には、その有り難さが分からないもので、一旦今まであったものが亡くなったり、
 欠如した時に初めて、その有り難さが分かるものである。       
 父親の死しかり、その結果日々の食物が少なく、ひもじい思いの経験(サツマイモのおかゆのみも続いた)しかり、
 病気でないのに病気でないかと疑われたり(中学時代血沈速度で異常)、単身赴任で女房子供と別れた生活を経験したことが、良い例である。

そのころから日記を書くことを恩師から進められ中学時代の3年間書き続けた。
65才になった時、中学時代の同窓会があり旧友との話の中で、再び時々ではあるが、日記を書くことにした。
      
 人間は、生まれながらにして、死に直面する寸前まで、高い山々を駆け昇るとき、長い人生(考え方では、短い場合もあるが)を、進まねばならない。
 
 幼い時に、父に死に別れを始め、肉親の死別から、死とは何か、逆に生きていることは何かと真剣に考える機会得たことで、その後の生き方に、
 自分の一生は、一度しかない、又二度とやり直しがきかないのであるから、死ぬ時に、悔いを残さなぬ人生を歩んで行こうと悟り、
 常に努力を惜しまぬことを、心に、念じて来た。  
                
                   
 従って、小学校、中学校、高校の勉強に対しては、人一倍努力し(負けずきらいでもあったが)常に上位の成績を、上げることが出来たと思う。
MKの入学時は、1番の成績で入学式に代表挨拶をし、卒業の時には、電気四学会より表彰された。(写真を後に添付しました。)   
                      
 その結果が、C&Cで業界トップ(入社時は、お客様が電々公社オンリーに近い会社でトップと言えたか?)のN社に幸いにも入社出来、
その中の企業内短期大学(現在は短期大学として公認されている)で、 大学のカリキュラムを勉強出来るチャンスを得て、
一流の大学の教授(例えば、東京外語大学のSS先生の英語、東京電気大のIK先生等による数学、ORのKG先生、心理学のT先生、哲学のIK先生…)の
 指導を受けることが出来た。
 昼間、仕事をしながら夜、勉強というきつい毎日の中で、仕事も一人前にこなし、夜、昼間の疲れを、我慢し可能な限り勉強した。                
          
 これには、職場の人々の暖かい配慮(上司の理解と同僚先輩の協力)と、会社のトップに立つ人が、会社企業にとって、人間の教育が最も大切であるという認識の上に立っていたということ及び、本人が教育(知識)の不足を感じ、学問、知識を身に付けたいという、自己啓発への強い意思があったことが、3年間継続できたと思っている。                             
              
 平々凡々と、親の仕送りを得て、昼間の大学へ出るよりかは、(当時は、安保闘争から学園紛争でまともな大学生活が送れない状況に苛立ちを覚えた)
自分の意思で苦労しながら勉強することが、如何にその後の仕事を進める上で、役立つことを、実践(仕事と勉学の両立)を通して理解出来た。
        
 又、数学、英語、物理、…科目の修得での実りは勿論のことであるが、それ以上に、先生方のお話しの中での人生観や人生の進むべき方向を教わったことの方が、実りが大きかった。        
 一旦、就職してその時に、もう勉強は終わったのだという感じを持ったが、生涯学習の大切さを身にしみて感じた。                 
                                   
 入社し配属されたのは、D事業部、S検査課で、N***-****の周辺装置であり、入出力装置のラインプリンター調整検査担当部門に配属され、
その後17年間ラインプリンタ一検査一筋でやって来た。 
1日中90ホーン以上のプリントハンマーの騒音の中で仕事が続くこともあり難聴気味になった。)                         
(その後は、品質管理、TQC関係、技術管理、ISO関係、PC電話サポート関連・・・・・を経験) 
          
 ユーザーは、民需(銀行、流通関係等)から電電公社(現NTT)向けまで幅広く、特に電電公社の電話料金計算に接続した料金計算用プリンターの全部を担当した。     
 新入社員教育で、現行のプログラム教育を受け、自分でプログラムを組んだものが、2~3回のバグ出しの後で、正常に動作したことの感激を実習日誌に書いたのが、
設計部門でなく、検査部門への配属となったきっかけかもしれないと思っています。                       
 当時は、米国H社と技術提携を導入し、N***-****の第1号を出荷したばかりの大混乱の時で、国産の既出荷装置等に接続するラインプリンターも残っている状態であった。                  
                  
 昭和39年頃から、真空管の時代から、トランジスターに技術革新があり製品の実用化が始まり出した頃で、学校で習って来た、真空管のことが殆ど役にたたず、僅かに四端子回路網の基礎を習って来ていたので、大変助かったことを覚えている。(卒業入社2年目、母校での行事で後輩にアドバイスした。)                          
 先にも触れたが、当時の技術革新に追いつくには、技術修得の為に勉強の必要を強く感じ、N企業内短期大学の電気科に挑戦した。 


 会社に勤務している傍ら、幼稚園からの将棋、同僚とのボウリング開始、スケート、スキー、ゴルフ、音楽、映画、読書等多彩の趣味を楽しんで来ました。

 中でも趣味の将棋については、幼稚園から指はじめ、長男、次男に長い間将棋を教わり、当時の実力は、同年前後には、負けない実力を持っていたと思います。
 入社後、N寮で開催された将棋大会での準優勝、NのF事業所でのKMプロに、二枚落ちで指導を受け、 最初惜しくも負け、もう一度お願いし勝利し1勝1敗になったこと。当時は、2枚落ちで勝つものが珍しい時代
 その後は、NのFの将棋部での活動、役員経験、N全体の将棋活動、SMプロが3段時代からの指導、SGプロの誕生、T女流教室のお手伝い、I将棋クラブ創立等へと続いています。

現在は、日本将棋連盟の東京都支部連合の幹事役員をしています。

東京都支部連合会のホームページを立ち上げました。
http://syougitokyotosiburen.at.webry.info/


N将棋部OBとして、NT支部に属し、日本将棋連盟の将棋指導員として活動、又SSプロの誕生にも水面下でかかわり指導をSMプロの継続として教わりSSプロの応援をしています。




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 誕生日の6月24日は、KK(岡山出身の木見金治郎、升田幸三大、山康晴、の師匠)女流N、AKプロと同日です。サッカープロのNさんも同じです。大先輩では、加藤清正 熊本城主です。
日系二世、エリソン・オニズカ(鬼塚 承次)は、1946/6/24で、haru7と同日の誕生日で、1986/1/28 チャレンジャー号爆発事故により39才で殉職しました。



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最近の勝利譜です。

最近の勝利譜です。

先手haru7 63手にて勝ち。





先手haru7 99手にて勝ち。



後手haru7  94手にて勝ち。




将棋の勝ち方 (あいうえお順)再、再、再掲載です。 no10 2017/10/19 版
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newscaredisplay.do



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明治、大正、昭和、平成、令和の5元号の詰将棋です。

明治、大正、昭和、平成、令和の5元号の詰将棋です。


2年前(2013,)親父と親戚で線香を作っていた工場のある敷地の住居が、大正時代にM市の中心部より移転して再建されたM警察署の建物で、日本で一番古い警察署であることが判明し、取り壊さずに部材を保管し、M市の国宝指定になった城と同様に大変な話題になりました。
 

下記写真は、稲城市の妙見尊寺の山の上の敷地に建立されている北辰・・・・で、親父が経営していた北辰堂(線香の会社)ど何か関係がありそうです。

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和の改善分





危機管理のベスト
https://haru7.at.webry.info/201702/article_2.html


将棋の勝ち方 (あいうえお順)再、再、再掲載です。 no10 2017/10/19 版
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newscaredisplay.do


haru7の歴史
https://haru7.at.webry.info/201904/article_16.html








瀬川晶司プロの指導日&N将棋部定例会の模様です。

瀬川晶司プロの指導日&N将棋部定例会の模様です。


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奇跡の詰将棋
https://haru7.at.webry.info/201904/article_7.html


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危機管理のベスト
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危機管理(再々掲載)です。

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危機管理(再々掲載)です。

危機管理

誰もが犯しやすい落とし穴
(うっかりすると誰もが知らず知らずにやってしまう事)

1.歯磨きを朝一番に必ず実施。
2.カードの利用限度額の設定(常に最小にしておいてカード詐欺に備える)
3.更生、修正、審議の請求、不服申し立て
4.先哲、先輩、偉人、自分の失敗から学ぶ
5.ベスト〇〇から、物事は実施する。
6.2度あることは、3度ある。
7.リボ払いの恐怖
8.預金残高が0の時の借金の利息
9.広報、放送、新聞、ネット情報等の情報に敏感になり、疑問は即調べる。
10.何かを実行しようとする時、比較調査し良く調べリスクを最小に図る。
11.離岸流の恐ろしさ(郷に入っては郷に従え、その土地の情報を教えてもらい入手する。)
12. 屋根の雪おろし(郷に入っては郷に従え、その土地の情報を教えてもらい入手する。)
13. パソコンのウィルス、サイバー攻撃、・・・・・
14.スマホ、携帯のGPS機能での行動が筒抜け
15. ポツトの空焚き、ガスの切り忘れ、・・・・
16. 銀行引き落としの正確さ、特に、引き落とし停止したものがそのまま引き下ろしされていないかチェック。
17.保険の加入、○○の契約・・・・・餌には、細かい字で書いてある内容、疑問を無くしてから契約する。

危機管理のリリスト
https://haru7.at.webry.info/theme/80b0ffdcec.html

詰将棋の解き方(作り方を含む)

詰将棋の解き方(作り方を含む)

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1. 攻め側は、最短で、守側は、最長手順で
2. 駒余りは、不正解
3. 左右対称以外の配置での詰め複数手順はokとする
4. 余分な間駒での手順伸ばしは無し
5. 基本は、頭金
6. 会い駒聞かず
7. 両王手
8. 逃げ道封鎖
9. 多数の駒が聞いている所へ駒を捨てる
10. 持ち駒X2+1=詰め手数
11. 作者の意図を見破る
12. 駒の存在理由を考える
13. 以外な一手を発見する




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