人生のキーワード  1~100  キーワードベスト10の2

キーワードベスト10の2


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2015年09月09日
人生を有意義なものにする参考キーワードベスト100
将棋 人生のキーワード ヘスト100
人生を有意義なものにする参考キーワードベスト100






人生のキーワード集 第三版 2015.09.09 第三版 2015.09.09

ベスト10

1.健康(体、精神)で、元気で生きている事に感謝
2.先哲に学べ(先輩)失敗事例、成功事例、経験実績
3.効率の悪い事を後輩に繰り返してやらすな
4.歴史は、繰り返される(戦争、平和、経済変動、)
5.中庸(中程) が一番(上には上が下には下がある)
6.CPACDのスパイラルアップを継続する
7.夢、目標を持ち、集中して物事にあたり達成に努力する。(意志により変わり得る)
8.世の為、人の為、を優先で尽くす。(結果自分に良い事が返ってくる)
9.常に、新しい事への挑戦、知らないことへの追究、最終真理の追究
10.人生、死ぬ時は、全てプラス、マイナスで0になる

ベスト20

11.人それぞれ価値観は、異なる(環境、社会情勢、時代等でも変動する)
12.知らないと損をする、知り過ぎても損をする
13.過去の事にこだわらないで、前向きに考えて(過去には、絶対戻れない)
14.品質第一(数値により判断する、推移も重視、多変量解析、統計手法、理論)数値そのものだけでなく変化を良く見ること
15.最終判断は、自分で、結果は自己責任になる(将来の方向、病気治癒等・・・・)
16.戦争絶対反対、徹底した平和主義の実践(有言実行、言うだけでなく出来る範囲で実行)
17.常に、相手の立場に立って物事を考えて良策を生み出す
18.人(人財)、物、金、情報(ITクラウド情報)
19.一期一会(人は、一人では生存できない、出来るだけ多数の人と交流する)
20.絶対的、(相対的)な確定事項は無い







ベスト30

21.継続は力なり
22.速さは強さなり
23.論文を書き上げれる活動に努力し実績を上げる
24.啓示(something great = “神”からの指示)の尊重
25.数値統計的確率の計算結果は、かなりの信頼性が高いが、人間の意志で変動する
26.日頃からの危機管理が重要(兆し、前兆)
27.DNAの継承(会社の経営、自己実現、社会貢献、世界平和実現)
28.何事もベストXから手掛ける
29.世の中一般的な、2、2、6の法則が通用する
30.人生の究極の目標は、マズローの法則に近づくこと


ヘスト40
31.生涯教育、生涯現役
32.教える事は学ぶことである
33.ピンピンコロリを目指す
34.上司と部下の関係(部下は上司を3日で判定する、上司に恥をかかすな)
35.ZD活動(無欠点運動)QCサークル活動、改善活動、ミニ会社活動、TQC活動、ISO標準化活動)
36.異業者間交流による情報交換
37.宗教と科学と哲学の融和
38.人間形成(人格形成)は、3才近辺でほぼ決まる(親の教育が大切)
39.親を見て子供は育つ
40.一度に3つ以上は、集中出来ない、2つ迄が限界



ベスト50

41.いつまでも青春
42.何事もバランスが大切
43.常に、一つ上の役割を実践せよ
44.上司に提案する時は、最低3案を持って行く(1つでは、比較し選択余地が無い)
45.何でも第一人者を目指す
46.トップに立つ人は、現場を直接良く見ること
47.即断即決
48.決める前は、自由に激論をし、決定後はそれに従う
49.現場で働いている人が一番良く知っている(上司は部下を沢山誉める)
50.何事もやり始めないと、何も進まず、成果につながらない(やりながら考える)

ベスト 60

51.希望は、皆の為に、目標は、自分の為に
52.知らない事を知る喜び、知らないことを追求する喜びがある
53.愛の溢れた生活
54.自由が一番(他人に迷惑をかけない限り)
55.病気は、気の持ちよう(なるべく薬を使わず免疫力をアップし自然治癒で治す)
56.自然の力は、すごい(地震、津波、噴火、)
57.危機管理を疎かにすると取り返しがつかない(原発の暴走、戦争への突入・・・)
58.情報を鵜呑みにしない(正しい情報、間違った情報、怪しい情報・・・・)
59.得た有益な情報は、他の人に出来るだけ伝達する
60.自分が苦労した事は、マニュアル化で標準作業とし誰でも出来るようにせよ(標準化ISO活動、QCM活動)


ベスト70

61.第一人者に学べ(何かに格別優秀な特技があるのでそこを学ぶ)
62.3ム(ムリ、ムダ、ムラの排除)
63.モラル、モラールの順守
64.改善は、1、2割でなく5割、7割のように高い目標を設定せよ
65.負けたくない、ナニクソー(ハングリー精神)の精神
66.毎日・明るく元気で精一杯
67.企業は、100年目に危機を迎える、100年を越える企業は本物である
58.トップダウンとボトムアップ
59.良い事楽しい事は長い間記憶し、悪い事は、時間が経つと忘れるようになっている
60.人生は1度切り、悔いの無い人生を送る努力をすべし



ベスト80

71.継続は、力なり
72.初心を忘れるべからず
73.時間は、時々により短く感じたり長く感じたりする(相対的に変動要素がある)
年寄りは、1日が長く1年が短く感じ、若い人は、1日が短く1年が長く感じる
74.過ぎた時間は、取り戻せない(時を大切に、時間はお金で買えない)
75.長期、中期、短期計画を策定し、一生懸命実行する
76.人に提案する時は、1案でなく複数提案し相手に選択させる余裕が必要
77.仕事以外に趣味を持つ(定年退職後も考えて)
78.定年退職後(一線を退いたら、社会貢献、ボランティア活動等他人の為に活動する)
79.人生の岐路に立った時は、情報を出来るだけ入手し分析し、深く考え決断し責任は自分が取る
80.病気は、免疫力が低下した時にかかりやすい(ストレスを減らし、薬に頼らず東洋医学のヨガ、気功、ツボの指圧・・・・で予防する)


ベスト 90

81.CS優先、品質第一
82.理論で対抗(数値は、嘘をつかず誤魔化されない)
83.表面に現れている情報だけでなく、水面下に隠れている重要な情<報/span>を推測する
84.良い結果を出すには、日頃の鍛錬と、物事に集中し一生懸命に努力する
85.啓示、奇跡、誰にも分からない事象、・・・・・の存在を信じる余裕を持つ
86.3つのセ(整理、整頓、清掃、)が大切
87.ホウレンソウ(報告、連絡、相談)の励行
88.当たり前の事を当たり前に、決めた事を決めた通り実行(TQC活動)
89.良き先生(先輩)に出合い良い所を吸収する
90.中国の諺(孔子、孫子、論語・・・・・)は参考にすべし


ベスト 100

91.仏教の教えは、参考になる
92.キリストの教えは、参考になる
93.一を聞いて二を知る
94.争いは、話し合いで解決
95.不正、サギ、悪い行い、正義に反する社会悪を、しない事、許さないこと、IT関連のウィルス作成者は断じて許せない
95.心に秘めている事は、人相に現れる
96.困っている人を見つけたら手を差し伸べる
97.自分が理解できたら、他人伝え社会を良くする
98.発明は、困った事に対し常に考えているとひらめく
99.分析し将来の方向を策定しこつこつと実行する
100.事象をこまめに記録して、情報の宝庫を作る努力を継続する

人生の考え方の一考察のリスト
http://haru7.at.webry.info/theme/4beb6feeb8.html

人生の考え方の一考察
http://haru7.at.webry.info/201103/article_14.html

人生の考え方の一考察 2
http://haru7.at.webry.info/201104/article_3.html

人生の考え方の一考察  3
http://haru7.at.webry.info/201104/article_4.html

人生の考え方の一考察  4
http://haru7.at.webry.info/201104/article_5.html




健康維持(病気予防)に関する有益な情報(No1)(再掲載)


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【自己の歴史  主として出生から会社入社5年位まで】 ベスト10として掲載


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【自己の歴史  主として出生から会社入社5年位まで】                            
           
 昭和21年6月24日、HT、Fの三男、5人兄弟の末っ子として、M市O町で出生した。
 父は、代々商売の家系の次男として生まれ、線香(焼香)の有限会社の社長であった。

2年前(2013,)親父と親戚で線香を作っていた工場のある敷地の住居が、大正時代にM市の中心部より移転して再建されたM警察署の建物で、日本で一番古い警察署であることが判明し、取り壊さずに部材を保管し、M市の国宝指定になった城と同様に大変な話題になりました。


参照箇所、ここをクリック、

自己履歴
https://haru7.at.webry.info/201104/article_6.html



 第二次世界大戦で、満州、東南アジアへ出兵し、戦地で負傷、軍の病院に入院した時、マラリヤがうつり、治療の為に本国へ帰され、生きて帰って来た。
 父の仕事は、HSDという名の有限会社で、戦前は、戦争の為か(?)、商売繁盛で、一時期、個人所得がS県一となり、NHKラジオ放送のインタビューをされ、放送された。
 又、戦前の宝くじの一等、当時の3,000円(現在の3億円位い)が当たった。
 こういう金は、個人のものとするのは良くないと判断し、親戚中を呼んで大宴会を催し、お土産として配分し個人的には、
 何も残さなかった。(当時子、孫の為に土地を購入しておけば、役だったのにと残念に思っている。)→現在では、土地の勝ちが場所によっては価値が下がり売れにくい状況になっている。
 私が、小学3年生(9才)の時、会社の中で親父が一番信用していた役員(番頭役らしい)による個人的な使い込みにより、
 全国の売上回収金を全部持ち逃げされ、会社が左前になり、その後の善後策の対策会議中に、脳溢血で倒れ49才で他界した。
(S29/9/18命日) 
 
 母は、農家の長女として生まれ、18才で父の元に嫁いで来た。    
 農家の生まれで、旧制の義務教育で終わったため、商売の家に嫁いで、日用品の商売を手伝いながら子供を育て、苦労したそうである。        
 父が亡くなった時、長男が20才で、K銀行に就職したばかりで、学校に行っている子供、4人を立派に一人前にする為に、大変苦労した。
 幸い、厚生年金、軍事恩給や長男の力で、兄弟姉妹全員が、高校を卒業させてもらった。

 子供を無事一人前にし、12人の孫に囲まれ、一人きままな生活を送っていたが、心筋梗塞により78才で他界した。 (10/3命日) 
                                           
 私の人生は、一言でいうと、父の早死により、普通の人が味わうことがない、波乱に満ちたものであると言える。                 
 人間は、贅沢な生き物で、満たされている時には、その有り難さが分からないもので、一旦今まであったものが亡くなったり、
 欠如した時に初めて、その有り難さが分かるものである。       
 父親の死しかり、その結果日々の食物が少なく、ひもじい思いの経験(サツマイモのおかゆのみも続いた)しかり、
 病気でないのに病気でないかと疑われたり(中学時代血沈速度で異常)、単身赴任で女房子供と別れた生活を経験したことが、良い例である。

そのころから日記を書くことを恩師から進められ中学時代の3年間書き続けた。
65才になった時、中学時代の同窓会があり旧友との話の中で、再び時々ではあるが、日記を書くことにした。
      
 人間は、生まれながらにして、死に直面する寸前まで、高い山々を駆け昇るとき、長い人生(考え方では、短い場合もあるが)を、進まねばならない。
  幼い時に、父に死に別れを始め、肉親の死別から、死とは何か、逆に生きていることは何かと真剣に考える機会得たことで、その後の生き方に、
 自分の一生は、一度しかない、又二度とやり直しがきかないのであるから、死ぬ時に、悔いを残さなぬ人生を歩んで行こうと悟り、
 常に努力を惜しまぬことを、心に、念じて来た。                  
                   
 従って、小学校、中学校、高校の勉強に対しては、人一倍努力し(負けずきらいでもあったが)常に上位の成績を、上げることが出来たと思う。
MKの入学時は、1番の成績で入学式に代表挨拶をし、卒業の時には、電気四学会より表彰された。(写真を後に添付しました。)   
                      
 その結果が、C&Cで業界トップ(入社時は、お客様が電々公社オンリーに近い会社でトップと言えたか?)のN社に幸いにも入社出来、
その中の企業内短期大学(現在は短期大学として公認されている)で、 大学のカリキュラムを勉強出来るチャンスを得て、
一流の大学の教授(例えば、東京外語大学のSS先生の英語、東京電気大のIK先生等による数学、ORのKG先生、心理学のT先生、哲学のIK先生…)の
 指導を受けることが出来た。
 昼間、仕事をしながら夜、勉強というきつい毎日の中で、仕事も一人前にこなし、夜、昼間の疲れを、我慢し可能な限り勉強した。                
          
 これには、職場の人々の暖かい配慮(上司の理解と同僚先輩の協力)と、会社のトップに立つ人が、会社企業にとって、人間の教育が最も大切であるという認識の上に立っていたということ及び、本人が教育(知識)の不足を感じ、学問、知識を身に付けたいという、自己啓発への強い意思があったことが、3年間継続できたと思っている。                             
              
 平々凡々と、親の仕送りを得て、昼間の大学へ出るよりかは、(当時は、安保闘争から学園紛争でまともな大学生活が送れない状況に苛立ちを覚えた)
自分の意思で苦労しながら勉強することが、如何にその後の仕事を進める上で、役立つことを、実践(仕事と勉学の両立)を通して理解出来た。
        
 又、数学、英語、物理、…科目の修得での実りは勿論のことであるが、それ以上に、先生方のお話しの中での人生観や人生の進むべき方向を教わったことの方が、実りが大きかった。        
 一旦、就職してその時に、もう勉強は終わったのだという感じを持ったが、生涯学習の大切さを身にしみて感じた。                 
                                   
 入社し配属されたのは、D事業部、S検査課で、N***-****の周辺装置であり、入出力装置のラインプリンター調整検査担当部門に配属され、
その後17年間ラインプリンタ一検査一筋でやって来た。 
(1日中90ホーン以上のプリントハンマーの騒音の中で仕事が続くこともあり難聴気味になった。)                         
(その後は、品質管理、TQC関係、技術管理、ISO関係、PC電話サポート関連・・・・・を経験) 
          
 ユーザーは、民需(銀行、流通関係等)から電電公社(現NTT)向けまで幅広く、特に電電公社の電話料金計算に接続した料金計算用プリンターの全部を担当した。     
 新入社員教育で、現行のプログラム教育を受け、自分でプログラムを組んだものが、2~3回のバグ出しの後で、正常に動作したことの感激を実習日誌に書いたのが、
設計部門でなく、検査部門への配属となったきっかけかもしれないと思っています。                       
 当時は、米国H社と技術提携を導入し、N***-****の第1号を出荷したばかりの大混乱の時で、国産の既出荷装置等に接続するラインプリンターも残っている状態であった。                  
                  
 昭和39年頃から、真空管の時代から、トランジスターに技術革新があり製品の実用化が始まり出した頃で、学校で習って来た、真空管のことが殆ど役にたたず、僅かに四端子回路網の基礎を習って来ていたので、大変助かったことを覚えている。(卒業入社2年目、母校での行事で後輩にアドバイスした。)                          
 先にも触れたが、当時の技術革新に追いつくには、技術修得の為に勉強の必要を強く感じ、N企業内短期大学の電気科に挑戦した。 


 会社に勤務している傍ら、幼稚園からの将棋、同僚とのボウリング開始、スケート、スキー、ゴルフ、音楽、映画、読書等多彩の趣味を楽しんで来ました。

 中でも趣味の将棋については、幼稚園から指はじめ、長男、次男に長い間将棋を教わり、当時の実力は、同年前後には、負けない実力を持っていたと思います。
 入社後、N寮で開催された将棋大会での準優勝、NのF事業所でのKMプロに、二枚落ちで指導を受け、 最初惜しくも負け、もう一度お願いし勝利し1勝1敗になったこと。(当時は、2枚落ちで勝つものが珍しい時代)
 その後は、NのFの将棋部での活動、役員経験、N全体の将棋活動、SMプロが3段時代からの指導、SGプロの誕生、T女流教室のお手伝い、I将棋クラブ創立等へと続いています。

現在は、日本将棋連盟の東京都支部連合の幹事役員をしています。

東京都支部連合会のホームページを立ち上げました。
http://syougitokyotosiburen.at.webry.info/


N将棋部OBとして、NT支部に属し、日本将棋連盟の将棋指導員として活動、又SSプロの誕生にも水面下でかかわり指導をSMプロの継続として教わりSSプロの応援をしています。








 誕生日の6月24日は、KK(岡山出身の木見金治郎、升田幸三大、山康晴、の師匠)女流N、AKプロと同日です。サッカープロのNさんも同じです。大先輩では、加藤清正 熊本城主です。
日系二世、エリソン・オニズカ(鬼塚 承次)は、1946/6/24で、haru7と同日の誕生日で、1986/1/28 チャレンジャー号爆発事故により39才で殉職しました。

過去13年間のwebペスト 一覧

https://haru7.at.webry.info/201711/article_6.html




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